Ado 2025/4/26 さいたまスーパーアリーナ公演のセトリが気になる方の中には、
曲名を知りたい気持ちと同じくらい、
“どんな順番で、どんな空気になったの?”
を知りたい人も多いと思います。
この日のセトリは、ひとことで言うなら――
迷わせない構成でした。
最初の数曲で一気に会場の温度を決めて、
そこからは「上げる/落とす」を雑にやらない。
テンションの上下ではなく、感情の濃淡で運んでいく感じです。
序盤:最初の数分で空気を“握る”タイプ
開演してすぐ、会場の空気が一段変わるんです。
「来た…」じゃなくて、
**“つかまれた”**に近い。
音圧も強いのに、ただ押してくるだけじゃない。
観客が置いていかれないように、
ちゃんとテンポよく、でも丁寧に進めていく。
初日って少し緊張感が混ざるものなのに、
その緊張が「怖さ」にならず、
期待の熱としてまとまっていくのが印象的でした。
中盤:ただ休ませるのではなく、奥に連れていく
中盤は、盛り上げ続けるのではなく、
一度“見せ方”が変わります。
ここが上手いのは、
テンションを落としているのに、
集中は落ちないところ。
会場が静かになる瞬間があっても、
それは「休憩」ではなく、
次の爆発を大きくするための“溜め”になっている。
「セトリがうまい」と感じるのは、
この“溜め”が雑じゃないからです。
観客の呼吸が、自然にそろっていく。
終盤:一気に“景色を変える”山の作り方
後半に入ってから、
ステージの景色がもう一段変わります。
盛り上がりのピークはもちろんあるんですが、
この日の特徴は、ピークが単発じゃなくて、
波が重なって大きくなるタイプだったこと。
「今が一番!」と思った直後に、
その上をさらっと更新してくる。
その繰り返しで、会場の熱がじわじわ限界を超えていきます。
そして最後は、
終わった感よりも、
**“まだ体が熱いまま”**外に出る感じ。
余韻が長く残る終わり方でした。
アンコール:終わり方が“強い”と、記憶が残る
アンコールは、
「ご褒美」みたいにふわっと終わるのではなく、
最後まで芯がぶれない。
会場が笑顔になるのに、
熱が下がらない。
このバランスが、Adoのライブらしいなと思いました。
“終わらせ方”が強いライブは、
帰り道に急に思い出してしまうんですよね。
あの一瞬の声、あの空気、あの高まり。
ネタバレなしでも言える、この日のセトリの特徴
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序盤で空気を一気にまとめる
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中盤で「溜め」を作り、集中を深める
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後半は波が重なってピークが更新される
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終わり方が強く、余韻が長い
「曲名を知る」より先に、
**“どんな夜だったか”**を知りたい人には、
この日のさいたまスーパーアリーナは、
しっかり記憶に残るタイプのライブだったと思います。
「さいたまスーパーアリーナ」という会場が、セトリの体感を増幅させる
Ado 2025/4/26 さいたまスーパーアリーナ公演のセトリを語るとき、会場の存在は外せません。
さいたまスーパーアリーナは、広いのに“遠すぎない”瞬間がある会場です。照明が当たったとき、ステージの輪郭がすっと浮き上がって、観客の視線が一斉に同じ方向へ集まる。
この「視線がそろう感じ」が、セトリの流れをより気持ちよくします。
曲名が分からなくても、次に何かが来る、空気が変わる、熱が上がる――その合図が、会場全体に伝染していく。
だから、体感としては「曲を聴いている」というより、会場がひとつの呼吸になっていく感覚に近いです。
セトリが上手いライブは「上げ下げ」ではなく、感情の導線がある
盛り上げて、落として、また盛り上げる。
ライブの説明としてよく使われる言い方ですが、4/26はその単純な上下ではありませんでした。
この日の構成は、もっと“感情の道”がはっきりしています。
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熱を一気に点火する場面
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その熱を、焦がさずに深める場面
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気持ちの視界が開けていく場面
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最後に、身体の熱だけ残して帰らせる場面
つまり、テンションの操作ではなく、気持ちの運び方が丁寧なんです。
だから観客は置いていかれないし、「次は何が来るんだろう」と身構えるのではなく、自然に流れへ乗れてしまう。
セトリが気になる人が知りたいのは、結局ここなのだと思います。
「何をやったか」より、「どういうふうに時間が進んだか」。
この日の強さは、まさにそこにありました。
中盤の“静けさ”が、ただの休憩にならない理由
4/26は、静かになる瞬間があっても、会場の集中が落ちませんでした。
このタイプのライブって、実はかなり珍しいです。
普通は、静かになった瞬間に咳やざわめきが出たり、気持ちがほどけたりする。
でもこの日は、静けさが「ゆるみ」ではなく、緊張の質が変わる方向に働いていました。
言い方を変えると、
“声を出して盛り上がる熱”から、“息を止めて見入る熱”へ切り替わる。
Adoのライブは、強さと同じくらい「間」の使い方が上手いと言われますが、
その「間」が、セトリの中でちゃんと意味を持っていました。
静けさは、次の爆発のための溜めであり、観客の心を奥へ押し込む時間でもある。
だから、後半に入ったときの上がり方が、ただの盛り上がり以上に“刺さる”んです。
初日らしさは「硬さ」ではなく、「芯が立つ」感じで出ていた
初日という言葉には、どうしても特別感がつきます。
緊張、未知、準備してきたものの解放。
4/26にも、その空気は確かにありました。
ただし、その特別感は“ぎこちなさ”ではありません。
むしろ、一本芯が立っている感じ。
今日ここから始まる、という意志が、ステージからまっすぐ届いていました。
観客側にも同じ空気があって、
「楽しむ」より先に「受け取りに来ている」人が多い印象です。
その結果、会場の反応が大きいのに散らからない。
盛り上がっているのに、雑にならない。
この空気があるから、セトリの流れがより鮮明に感じられました。
後半は“ピークの更新”が起きる。だから余韻が長い
4/26の後半は、ピークが一回で終わりません。
「ここが山だ」と思った直後に、もう一段上の山が来る。
それが、派手な演出の力ではなく、流れの設計で起きている。
体感としては、波が重なって大きくなる感じです。
ひとつの熱が冷める前に、次の熱が重なって、会場が“満杯”になる。
この満杯感があると、最後に何が来ても「終わり」の印象より、
“まだ身体が熱い”のほうが強く残ります。
だから帰り道、ふいに思い出してしまう。
あの空気、あの瞬間の息づかい。
曲名が分からなくても、場面が頭に残る。
セトリが気になる人が求めている余韻は、たぶんこういうものです。
「セトリを知りたい」気持ちを、ネタバレなしで満たす方法がある
セトリを知りたい人は、曲名だけが欲しいわけではありません。
“自分の気持ちを整理するため”に流れを確かめたい人もいます。
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あの時間は、どんな熱だったのか
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どこで息を奪われたのか
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どこで肩の力が抜けたのか
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どこで、涙が出そうになったのか
こういう感情の置き場として、「セトリ」という言葉を使っている人もいる。
だから、曲名を伏せたままでも、セトリの雰囲気を言葉にする意味があるんです。
Ado 2025/4/26 さいたまスーパーアリーナは、
“何を歌ったか”だけでは終わらない夜でした。
時間の流れ自体が、ひとつの作品みたいに残る。
そんなセトリの組み方だったと思います。

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