King Gnuの曲って、聴いたあとにふと思い出す事ってありませんか?
その時、「いいな」と思う曲もありますし、最初は何となく聴いていたのに、あとから急に頭の中で思い出す曲もあります。
たぶん、同じように感じたことがある方は多いと思います。
うまく説明できないのに頭に残る。何回か聴くうちに、だんだん離れにくくなる。King Gnuには、そんな曲が多いんですよね。
そんな中にいるのが常田大希さんです。
歌っているときも、ギターを鳴らしているときも、ただ前に立っているだけではありません。曲全体の空気を動かす人だなと感じます。
ここでは、キングヌーの音がどうしてこんなふうに残るのかを、常田大希さんの見え方と重ねながら探っていきます。
King Gnuの良さをもう少し感じたい方は、最後まで読んでみてください。
キングヌーの曲は最初の音で耳が止まる
King Gnuの曲を流すと、最初の数秒で耳が止まることがあります。
まだ大きく盛り上がっていないのに、「ちょっと待って」と言われたような感じで引っぱられるんです。
これって、不思議ですよね。
音が大きいだけなら、ほかにも派手な曲はたくさんあります。けれどKing Gnuは、ただ強く鳴らしているだけの聞こえ方になりません。
静かに始まる曲でも、ぼんやりしていないんです。
音数が少なくても、その一音一音にちゃんと重さがあるので、ふわっとする感じがしません。やさしい入り方でも、芯がある。そこがまず強いところです。
反対に、勢いよく始まる曲でも、音がばらばらに飛び込んでくる感じはありません。
どの音が前に出ていて、どの音が支えているのかが自然と伝わるので、聴いていてすっと入ってきます。
この最初のつかみがあるから、King Gnuの曲は、最後までしっかり耳に残るんだと思います。
始まりから、もう空気ができているんですよね。
常田大希の声が入るとキングヌーの空気が変わる
曲が流れていて、常田大希さんの声が入った瞬間に景色が変わることがあります。
急に明るくなるとか暗くなるとか、そういう単純な話ではなくて、曲の輪郭がいっぺんにはっきりする感じです。
「あ、今この曲の印象がはっきりした」と思うことがあるんです。
それくらい、声の入り方に力があります。
ただ、押しつけるような強さではありません。
無理やり前に出るというより、短い言葉でも空気を締める力があるんですよね。少し低く入っただけで曲が深くなったように聞こえることもあります。
これ、声だけの話でもないと思います。
ギターの鳴り方や、音の作り方にも、それが出ています。必要なところをしっかり見せて、余計なところで濁らせない。だから、音が重なりがあっても、きれいにまとまっています。
常田大希さんを見ていると、歌う人、演奏する人、その両方ではあるのですが、それだけでは言いきれません。
曲全体の流れを作る人、空気を締める人、前に進める人。そう思えるから、King Gnuの音がぶれないのだと思います。
キングヌーは常田大希と井口理の声で広がる
でも、King Gnuは常田大希さんだけでできているわけではありません。
そこが、このバンドのおもしろいところです。
井口理さんの声が入ると、曲の中にふっと風が通るような感じが出ます。
常田大希さんの声が曲を締めるなら、井口理さんの声は曲に広がりを出す。そんなふうに聞こえるときがあります。
この二人の声の違いが大きいんですよね。
片方だけでも印象は残ると思います。でも、二人いるからこそ、King Gnuの曲は場面ごとに表情が変わります。
張ったような空気が続いたあとに、少しだけ抜ける感じが入る。
そのあとでもう一度、芯のある声が戻ってくる。こういう流れがあるので、聴いている側も、その変化に自然と引き込まれます。
しかも、その切り替わりが不自然じゃないんです。
急に別の曲みたいにならずに、ちゃんと同じ曲の中で景色だけが変わる。これが気持ちいいんですよね。
ベースやドラムの支え方も大きいです。
下からしっかり音を支えているので、その上に重なる声の違いやメロディの流れも、もっとはっきり伝わってきます。全員が強いのに、全体で聴くとちゃんとKing Gnuになる。そのまとまり方が見事です。
キングヌーのライブで見ると常田大希の強さがもっと分かる
音源でも伝わるのに、ライブだともっとよく分かる。
King Gnuには、そういうところがあります。
会場で聴くと、常田大希さんの強さは音だけではなく、立っている空気ごと伝わってきます。
大きく動き回るから目立つというより、その場にいるだけで流れがそっちへ寄る感じです。
不思議ですが、本当にそう見えるんですよね。
一音出しただけで会場の集中が変わることがありますし、静かな場面でも目が離せません。
ライブだと、曲の細かい表情にも気づきやすくなります。
音源では強さばかり感じていた曲に、実はかなり細かい揺れがあると分かったり、逆に静かだと思っていた曲が会場ではずっしり響いたりします。
その変化の真ん中に常田大希さんがいる。
前へ出るところではしっかり押し、引くところでは全体を支える。この動きが見えると、King Gnuの曲がどうして深く残るのかがよく分かります。
ライブのあとって、全部をすぐ言葉にできないこともありますよね。
でも帰り道や次の日に、「あの入り方よかったな」とか「あの一瞬で空気が変わったな」と思い出すことがあります。あとになって思い出す感じまで含めて、特別に感じます。
キングヌーの曲をまた聴きたくなるのは常田大希の音が残るから
King Gnuの曲は、聴き終わったあとにも残ります。
聴いたその場より、あとからじわっと残る曲が多いんです。
一回目より二回目、二回目より三回目。
そんなふうに、あとからじわじわ心に残っていく感じがあります。これは、ただ耳に入りやすいだけの曲では、あまり起こらないことです。
常田大希さんの音には、その残り方があるんですよね。
声の当たり方も、音の作り方も、強く張るところと少しゆるめるところの切り替えも、全部があとから効いてきます。
だから、ただ耳に残るだけでなく、心にも残ります。
感覚として残って、また戻りたくなる。そこがKing Gnuの大きな強さです。
キングヌー 常田大希から伝わる音の強さ。
この言葉のまま、常田大希さんを通して聴くと、King Gnuの曲はもっとはっきり見えてきます。
かっこよさだけでもないし、勢いだけでもない。曲の奥にあるものまで自然と届いてくるんです。
そして、その一曲が残る。
また聴こうかなと思う。
そうやって何度も戻ってしまうところに、King Gnuの音の強さがあるのだと思います。

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